小説『あの日の言葉』

第1章 日常

「もう、ダメだ…」

朋子は、デスクに突っ伏してため息をついた。今日も残業だ…。化粧品会社の営業部で働いて3年になるが、なかなか思うような成果を出せていない。数字に追われ、お客様との関係構築に悩み、毎日が同じことの繰り返しのように感じていた。

上司の高田課長は、普段は寡黙で、部下への指示も最小限。頼りなさを感じることが多く、朋子はどこか物足りなさを感じていた。もっと積極的に指導してほしい、何かアドバイスが欲しい、そんな風に思っていた。

「ちょっと話があるんだけど…」

突然、後ろから声がした。振り返ると、高田課長が立っていた。何か言われるのだろうか、と不安がよぎった。

「あの、来月の新商品のプレゼン資料、もうできてるかな?」

高田課長は、いつも通りの落ち着いた声で尋ねてきた。

「はい、まだ途中です。もう少しで完成します」

朋子は、少し硬い表情で答えた。

「そうか。頑張ってくれ」

高田課長はそれ以上何も言わずに席に戻っていった。

いつも通りの淡々としたやり取りに、朋子は少しがっかりした。もっと何か言ってもらえないものかと期待していたが、特に何もなかった。

「やっぱり、私には期待してないのかな…」

そんな思いが頭をよぎった。

その日も残業は深夜まで続き、ようやく仕事を終えた朋子は、疲れた体を引きずって帰宅した。ベッドに倒れ込むと、明日への不安が頭をよぎった。

「このままじゃダメだ。もっと集中しないと…」

そう心に誓いながら、朋子は眠りについた。

第2章 大きなミス

翌朝、出社すると、社内はいつもと変わらない様子だった。しかし、朋子の心は晴れない。昨日の高田課長とのやり取りが頭から離れない。

「もっと集中しないと…」

そう自分に言い聞かせながらも、やる気が出ない。机に向かっても、書類に目がいかない。そんな中、上司の高田課長から呼び出された。

「ちょっと話がある」

心臓がドキドキと鳴り響く。何か言われるのではないか、と不安でいっぱいだった。

「あの、昨日のお願いした資料ですが、まだできていませんか?」

高田課長は、いつものように冷静な声で尋ねてきた。

「すみません、まだ完成していません。もう少し時間が欲しいです」

申し訳なさそうにそう答えると、高田課長は何も言わずに頷いた。

そしてその日の午後、大事なお客様へのプレゼンテーションがあった。朋子は、緊張しながらプレゼン資料を開いた。

しかし、資料を見れば見るほど、至るところにミスが見つかる。焦るあまり、手が震え、資料を落としてしまう。

「申し訳ありません、少しお待ちください」

慌てて資料を拾い上げ、なんとかプレゼンテーションをやり遂げた。しかし、お客様の顔色は冴えない。

「この資料、確認したの?」

お客様の厳しい言葉に、朋子は顔を真っ赤にした。

「申し訳ございません。確認不足で…」

プレゼンテーション後、お客様から注意を受けた。お客様の信頼を裏切ってしまったことに、朋子は深く反省した。

仕事から帰り、一人ぼっちの部屋で朋子は悔しくてたまらなかった。涙が止まらない。どうしてこんなミスをしてしまったのか、自分自身を責め続けた。

「もう、ダメだ…」

そう呟きながら、布団に顔をうずめた。

第3章 突然の出来事

翌朝、出社するとオフィスはいつもと違った空気に包まれていた。同僚たちの表情は冴えず、皆が何かをささやき合っている。一体何が起きたのか、朋子は不安に駆られた。

「朋子さん、おはようございます。ちょっとお話があるんですが…」

デスクに近づいてきたのは、いつも明るい笑顔で接してくれる先輩の鈴木さんだった。彼女の表情は、いつものように明るいものではなかった。

「高田課長が…、ご逝去されたそうです」

鈴木さんの言葉に、朋子の頭の中が真っ白になった。まさか、そんな…

「え、どういうことですか?」

信じられない気持ちで、何度も聞き返してしまう。

「昨日の夜、ご自宅で倒れられ、病院に運ばれたそうですが、そのまま…」

鈴木さんの言葉に、現実感が湧いてこない。まだ昨日の出来事がついさっきのことのように感じられる。

「え、どうして…」

言葉が出てこない。ただ、涙が溢れてくる。

その日一日、朋子は仕事どころではなかった。頭の中は、高田課長のことばかり。あの日、もっと優しく声をかければよかった。もっと頼っていればよかった。そんな後悔の念に駆られた。

仕事が終わると、同僚たちと居酒屋に行った。いつもなら皆で楽しんでいたはずの時間が、今日はどこか重く、暗い。

「高田課長、本当に良い人だったよね…」

同僚の一人がそう呟くと、皆がうなずいた。

「俺ももっと話しかければよかった」

「あの人の優しさが忘れられない」

皆、それぞれに高田課長を偲んでいた。

その夜、朋子は一人ベッドに横になり、高田課長との思い出をたどった。仕事で悩んでいたときに相談に乗ってくれたこと、励ましの言葉を掛けてくれたこと。一つ一つの出来事が、鮮明に蘇ってくる。

「ありがとうございました。そして、ごめんなさい」

心の中でそう呟きながら、朋子は眠りについた。

第4章 お客様との再会

数日後、朋子は、以前大きなミスをしてしまったお客様への訪問に再び向かった。緊張しながら建物に入り、事務所で名前を告げるとすぐに案内された。

お客様の建物に入ると、そこには、いつも通りの笑顔で応対してくれる社長がいた。「朋子さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」と、温かい言葉をかけてくれた。

「ありがとうございます。こちらこそ、ご無沙汰しております」

朋子はぎこちなく返事をする。そして、深呼吸をして、本題を切り出した。

「あのプレゼンのこと、本当にすみませんでした。ご迷惑をおかけしてしまい…」

すると、社長は穏やかな表情で言った。「いえいえ、とんでもない。高田さんは、いつも朋子さんのことを褒めていました。まさか、こんなことになるとは…」

朋子は、その言葉に驚きを隠せない。「高田が、私のことを褒めていましたか?」と、思わず聞き返してしまう。

社長は、にこやかに頷いた。「そうです。高田さんは、朋子さんのことをとても信頼していて、いつも頑張っているとおっしゃっていました。あのプレゼンの後も、すぐに連絡をいただき、フォローしてくれました。」

社長の言葉に、朋子は涙がこぼれそうになった。高田課長が、自分の知らないところでフォローしてくれていたなんて、想像もしていなかった。

「高田は、本当に素敵な上司でした。こんなにも私のことを思ってくれていたなんて…」

そう言うと、社長も一緒に目を潤ませた。しばらく二人で、高田課長のことを偲んだ。

その日、お客様との仕事はスムーズに進んだ。むしろ、以前よりも信頼関係が深まったように感じた。

オフィスに戻り、デスクに腰掛けた朋子は、複雑な気持ちだった。高田課長がいなくなったことが、どれほど大きな喪失か、今になってようやく実感した。そして、自分がいかに高田課長のことを誤解していたか、深く反省した。

「高田課長、ありがとうございました。そして、ごめんなさい」

心の中でそう呟きながら、朋子はこれからの仕事に、より一層真摯に向き合うことを決意した。

第5章 新たな章へ

高田課長との別れは、朋子にとって大きな出来事だった。彼の突然の死は、彼女の人生に大きな影響を与え、仕事に対する価値観を大きく変えた。

高田課長がいなくなった後、営業部は少し元気がなかった。誰もが彼のことを懐かしみ、彼の不在を寂しがっていた。朋子もその一人だった。

しかしある日、営業部の会議で、新しいプロジェクトの担当に指名された。プレッシャーを感じながらも、朋子はこれまでの経験と、高田課長から学んだことを活かして、このプロジェクトを成功させたいと思った。

プロジェクトを進める中で、何度も壁にぶつかった。一人で抱え込んでしまいそうになった時、ふと高田課長の顔が浮かんだ。「大丈夫、君はできる」彼の優しい声が聞こえるような気がした。

その言葉を胸に、朋子はチームメンバーと協力し、困難を乗り越えていった。そして、見事プロジェクトは成功を収めた。

プロジェクトの成功発表会の日、朋子は、高田課長に「この成功を直接報告したかった…。」と思った。高田課長の笑顔が見たくて、高田課長の言葉を聞きたくて、今となってはそれも叶わない…。

その夜、いつものように一人で部屋で仕事をしていた。ふと窓の外を見ると、満天の星が広がっていた。高田課長は、今頃どこで何をしているのだろうかと考えながら、星空を見上げた。

「高田課長、ありがとうございました。そして、これからも見守っていてください」

そう心の中で呟きながら、朋子は静かに目を閉じた。

高田課長との別れは、朋子にとって大きな悲しみだったが、同時に、彼女を成長させる貴重な経験となった。高田課長から受け継いだものを胸に、朋子はこれからも、仕事に邁進していくことを決意した。

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